マインの理念 時間とは何か

 

時間とは何か

私は子供を亡くした経験があります。
その時に感じた事を書いてみます。

その子は出生後2ヶ月で発症し入院生活を4ヶ月送りそのまま亡くなり誕生後6ヶ月の短い人生を終えました。
4ヶ月の入院生活は小児病棟で過ごしましたがその時に見たり感じたりした事が今の私の人生観の礎になっています。
小児病棟ですから当然入院患者は皆子供達ばかりでした。
子供達の病名も大人のそれと大差なく抗がん剤の副作用で髪の毛の抜け落ちた女の子も居ましたし糖尿病の子供も居ました。

なかに背骨が伸びる子供が居ました。
真向かいの病室にその子は入院をしていましたので、話をする機会にもめぐまれました。
「爪の遺伝子が背骨に入ってしまったから」と、その子は笑って話してくれました。
見た目は病人には見えないのですが、成長とともに背骨が伸びてしまうため何度も背骨を削る手術が必要となり、入院生活の欠かせない生活を余儀なくされてしまうとのことです。
何気なくその子に『今何がしたい?』と聞いた私の言葉に『当たり前にみんなと学校に行って、当たり前にみんなと勉強して、当たり前にみんなと遊びたい』と返ってきました。

当たり前の事に幸せなど感じられないのが人間で、またその事を幸せに感じれるような人は人生を達観したお年を召された方ぐらいだと思っていました。

その子の答えに愕然としたのを今でも強烈に憶えています。

小児病棟に入院している間、入院患者はだいたい毎月一人ずつぐらい亡くなりました。お年を召された方が亡くなるのと違って子供を亡くした家族の想いは複雑です。
私もその経験者の一人ですが、何とも納得のいかない気分にさせられました。
行き着いた私の結論は「必ずしも年齢の高い人間から死ぬのではなく、人はいつ人生の幕が引かれるかなど誰にも分からない!」です。

1日生きれば確実に人生の終わりに1日近づいた、それだけが真実です。

 

時間とは何か

 

残された時間の見えない毎日を過ごす以上、過ごせる時間に悔いることなく生き、また当たり前の事に感謝出来る心のゆとりを持って生きてみたいと今は思っています。

どんな人でも確実に死を迎えるのに毎日その事を意識せず笑って一日を過ごせているのが人間です。
死というイメージを封印出来る能力を人間は自然と身に着けているということです。

命が限りある時間だとしたら、時間とは命と言い換える事が出来るのではないでしょうか?
時間を浪費するのは人生を浪費していることと同じだと私は思います。
1日の時間は皆に平等に与えられています。
ある人は1日30時間、ある人は1日16時間などあり得ません。
皆等しく1日24時間です。
命の時間が皆に平等でないとしたらせめて平等に与えられた1日の時間ぐらい悔いなく有意義に私は使いたいと心がけています。

このことを忘れそうになると今でも入院していた大学病院を訪ね、決して自分自身の中で風化させる事の無いように気をつけています。

人間とは忘れる生き物ですから。

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